60代女性の「やめ時」を考える|仕事・家族・そして全部決めなくていいという選択

※ 当サイトではアフィリエイト広告を利用しています

2025年を漢字一文字で表したら?                            私は「考」もしくは「悩」かなってくらい悩みまくりました。

今までぼんやりとしか考えてこなかったことが、急に現実味を帯びてくる。
それが、60代になってからかもしれません。

体力や気力の変化、親の老い、これからのお金のこと。
若い頃の延長線では考えられなくなり、「そろそろ決めなきゃいけないのでは?」と、     自分に問いかける場面が増えてたんです。まさにあれもこれも状態です。

60代になると「決断」が一気に迫ってくる

60代に入ると、仕事、家族、暮らし方など、あらゆる場面で「やめ時」が目の前に現れます。
しかもそれは、ひとつずつ順番にではなく、まとめてやってくるように感じます。

「このままでいいのかな」
「今決めないと、もう遅いのでは?」

そんな焦りが、静かに心を占めていきました。

仕事のやめ時は、一度で決めなくていい

定年退職を迎えると、その先の選択肢が一気に広がります。
同じ職場で働き続けるのか、転職するのか、仕事そのものをやめるのか。

私の場合、同じ会社に残ることはできましたが、ひとつの区切りとして一旦退職しました。
身分は嘱託になり、給料も下がり、正直モチベーションも落ちてしまいました。
安定を取るのか、心の平穏を取るのか――悩んだ末の選択でした。

会社員生活の終盤は、忙しく働いているにもかかわらず、
どこかヨソの会社にいるような、そんな違和感を感じることが増えていました。

その気持ちに気づいたとき、「この会社からは卒業しよう」と思うようになったのです。

会社を離れたあとの解放感は、想像以上でした。
けれど現実は待ってくれません。
生活のため、短期パートをつなぐ日々が始まりました。

60代、特別なスキルもない就活は、なかなか厳しいものです。
正社員を目指して面接を受けましたが、結果は思うようにいきませんでした。
最終的に、正社員は諦め、パートに切り替えました。

期限付きの仕事だったので、ストレスなく終了。
病気が見つかり更新はしませんでしたが、何もなければ続けていたと思います。
振り返ると、ここにも大きな分かれ道がありました。

その後、親の介護が現実味を帯びてきて、長期の仕事は難しくなりました。
「仕事をやめるかどうか」で、何か月も悩み続けました。
仕事をやめるということは、生活費と向き合うということでもあるからです。

家族の形は、年齢とともに変わっていく

私は現在、一人暮らしです。
でも、年老いた親との同居も、そろそろ決断しなければならない時期に来ています。

一人暮らしを始めた当初は、解放感でいっぱいでした。
「もう誰かと暮らすなんて無理!」と、本気で思っていました。

けれど、家族の形はパートナーとの関係だけではありません。
親との同居という選択肢も、現実として浮かび上がってきました。

70代で元気だった親も、80代、90代になれば同じとは限りません。
親だって、ずっと二人で暮らせるわけではないのです。

最近は「卒婚」という言葉もよく聞くようになりました。
定年退職で夫婦の時間が増え、それに耐えられず離婚を選ぶケース。
男性はあまり気にしていなくても、女性が先を想像してストレスを感じてしまう――その気持ち、理解できます。

コロナ禍で在宅ワークが増え、夫婦仲が悪くなったという話もよく耳にしました。
同じように働いているのに、「昼飯は?」なんて言われたら……
思わずカチンときてしまいますよね。

60代は「全部決めなくていい」という選択

60代になると、
「これからのことを、ちゃんと決めなきゃ」
「もう迷っている時間はない」
そんな空気に包まれがちです。

でも、ここまでの経験を振り返って思うのは、
60代は全部を一気に決めなくてもいいということです。

仕事も、暮らしも、家族のことも。
多くの選択は「一生このまま」と決めたわけではなく、
その時点での“仮決め”だったように思います。

体力や気持ち、親の状態が変われば、選択が変わるのは当たり前。
白黒はっきりさせなくてもいいし、途中で変えてもいいのです。

終わらせる年代ではなく、調整する年代

60代は、何かを終わらせる年代ではありません。
これまで積み上げてきたものを、自分に合う形に調整していく時期なのだと思います。

きっぱりやめなくてもいい。
少し距離を置くだけでもいい。
縮める、緩める、様子を見る――そんな選択も立派な決断です。

「全部決めなくていい」
そう思えたとき、60代の暮らしは少しだけ軽くなりました。

これからも、正解を探すより、
今の自分がラクでいられる選択を重ねていきたいと思っています。